僕の頭に猫耳が生えた。
朝目が覚めたら、既に髪の毛の間からぴょっこりとふわふわの耳が二つ。
……別に冗談を言っているつもりはないよ。
確かに僕だって、誰かからこんな話をされたとして、すぐにそれを信じられるとは思えない。
突然猫耳が生えたなんて、おとぎ話の世界でしか有り得ないような事なのだし。
でも、これは本当の話。
僕だって冗談だと思いたかった。
今でも「これは実は夢でした」的なオチを期待して目が覚めることを祈っているのだけれど、残念ながらまだ実現する気配がない。
取れないかなと思い猫耳を引っ張ってみたりするが、変にリアルな設定らしく痛覚まであった。
これじゃあ無理やり外そうにも外せない。
……うぅ、どうしよう。
「落ち着け、落ち着くんだ蒼星石……」
まだこれが現実だと決まったわけではない。
限りなくゼロに近い確率だけど、これは夢で僕は素敵だが冷や汗物のひと時を過ごしただけかもしれない。
そして僕は、今日も布団の上で何時もと同じ朝を迎えるんだ。
うん、きっとそうに違いない。
そうじゃなきゃ泣く。
掛け布団の上に投げ捨てられた手鏡を取り、シーツできゅっきゅっと磨いた。
もしかしたら、鏡が曇っていて耳があるように見えただけかもしれない。
頬っぺたをぎゅーっと抓り、ちゃんと起きている事を確認する。
今まで僕が寝ぼけていただけかもしれない。
けど、これで準備は万端。
今度こそ間違えようが無い。
だから、今こそ確かめる。
僕は本当に猫耳が生えてしまったのか、はたまた僕の勘違いだったのか。
緊張で高鳴る胸を抑えるように、数回深呼吸をした。
そして、手鏡を覗きこむ。

 

 

 

「うわあああああああんやっぱりあるーーーー!!」

 

 

 

『蒼星石にゃんにゃん』

 

 

 

もう一生分の涙を流したんじゃないかと思うくらい、僕は泣いた。
何で僕がこんな目に。
怪しい薬を飲んだわけでもないし、変なキノコを食べたわけでもない。
なのに、僕の頭にはぴょっこりと猫耳が二つ。
余りにも理不尽だった。
涙も枯れ、体中の水分を粗方流しつくしたのかなと思った頃、はたと気が付く。
目覚まし時計の針は、7時5分前を指していた。
朝食を作るのは僕の役目だから、本来なら今頃はキッチンにいなければならなかった。
けど、こんな姿をおじいさんとおばあさんには見せられない。
かといって僕が何時までも起きてこないことに気が付いたら、きっと心配して様子を見に来るだろう。
そう思ったときに頬を伝ったのは、涙ではなく冷や汗。
……これは非常にマズイ。
きっと二人は、猫耳を見てもからかわないでくれると思う。
うん、からかわないとは思うよ。
けれど、でも、違う意味でアレというか……。
おばあさんはいい、まだノーマルだから。
けどおじいさんは――。
「……」
前におじいさんの部屋を掃除した時に味わった恐怖が蘇る。
あの部屋は本当にカオスだった。
出来れば二度と行きたくないね。
……って、今はそんな事言ってる場合じゃなかった。
ああほんとにどうしよう……。
猫耳の治療法もこの場を上手くやり過ごす方法も思いつかず、僕は一人掛け布団に包まったまま震えるばかり。
いっそこのままnのフィールドに隠れようかと考えていた時、ピシャリと部屋の襖が開いた。

「蒼星石、起きとるかい……?」
「あ゛」

翠星石と違って朝のニュースの占いコーナーを見ない僕にとっては、その日の運勢なんて全く興味がない。
けれど、そんな僕でも今日の運勢だけはわかった。
最低最悪の厄日に違いない。
やって来たのは、おじいさんだった。
おじいさんは襖を開けた体勢のまま、僕の頭を見て凍っている。
二人の間に気まずい沈黙が流れた。
余りにもあっけなく見つかってしまった。
僕の頭を凝視したまま、呼吸をしているのかも不明な位に固まっているおじいさん。
一方僕はというと、この後訪れる悲劇が容易に予想できて、今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「……」
「……」
お互い見つめあったまま、どれ位時間が経っただろう。
10秒?20秒?
実際はそれ位なのだろうけど、こんな姿を見られて気が気じゃない僕には10分にも20分にも感じられた。
……むう、この硬直時間の内に逃げようか。
僕がどうしようか迷っていると、やっとの事おじいさんが震える唇で言葉を発した。

「ふ」

「ふ?」

 

 

「ふおおおおおおおおおおお!蒼星石の頭に猫耳が生えおったあああああああああああああああああああああ!!」

 

 

万歳しながらその場で飛び跳ね、小躍りするおじいさん。
ああ、やっぱり。
予想通りの反応とはいえ、やはり実際に目の前でされると凹む。

「あ、あの……」
「ショタっ子猫耳じゃとおおおお!なんて神々しかああああああああああああああ!!」

……そう、おじいさんはただの老人ではない。
その手のフェチズム全般に精通している、いわばプロフェッショナル(?)なのだ。
メイド、妹、スクール水着などなど数えるとキリがないが、一つわかったのは猫耳もその範疇の一つらしい。
だから、そんなおじいさんの部屋にはそれ系のアイテムが溢れているわけで。
大掃除がある度に、僕はいつ自分が標的にされるのかと恐怖を抱いていた。

「おじいさ……」
「こうしちゃおれん!この光景を録画じゃ撮影じゃハイクオリティ保存じゃああああ〜!」

もう僕の言葉はおじいさんに届かない。
おじいさんは鬼気迫る表情で部屋から飛び出すと、1階にあるカメラを求めて階段を下り――。

「カメラカメ……ぬわあああああああああー!

る途中で滑ったらしい。
ガタガタと騒がしい音を立てて、おじいさんが階段下へ転げ落ちていく。
(あーあ……)
床に突っ伏して伸びているおじいさん。
結構上の方の段から勢い良く落ちたので怪我がないか心配だったが、逆に考えると逃げるなら今が絶好のチャンス。
(まあ、おばあさんがいるから……大丈夫だよね?)
それにおじいさんの生命力は他の生命体の比ではない。
これ位はきっと怪我したの内に入らないだろう。
(ごめんね、おじいさん)
心の中でおじいさんに謝って、カバンに飛び乗る。
目指すは翠星石の――というかジュン君の家。
僕に猫耳が生えたのだから、他のドールにも何かしらの異変が起きているかもしれない。
それなら、一緒に解決法を探した方がきっと効率が良いと考えたからだ。

 

――なのに。

 

「……そ、そんなあ」
外から隠れて居間の様子を覗いてみたが、翠星石をはじめ真紅や雛苺にも何ら変わった様子は見られなかった。
「僕だけ……なの?」
その言葉に反応するように、ぴょこぴょこと耳が揺れる。
皆と一緒なら僕一人が目立つこともないだろうと思ったのに、これじゃ今僕が出て行ったところで翠星石にからかわれるのがオチだ。
見つからない内に引き返そう。
そう思い振り返ろうとした瞬間、何者かに両肩をがっしりと掴まれた。
(……やば、見つかった?)
恐る恐る首だけ振り返る。
そこには、ニヤリと笑みを浮かべた薔薇水晶が立っていた。
「ば、薔薇水晶?」
「わあ……猫プレイ……?」
いきなり突拍子もない質問。
彼女は時々こういう発言をすることがあるから、困ったものだ。
こんな姿の僕が言えたセリフではないが。
「蒼星石……猫になりたかったの?」
それもありえない。
僕は日々をまったりゆったり平穏に暮らしたいのであって、決してこんな変化は望まない。
それに、もし仮にそうだったとしても、僕はこんな中途半端な変身を望んだりは決してしない。
いっそのこと全身が猫になってくれていれば、少しは僕の気も楽だったかもしれなかった。
勿論それはそれで新たな問題が浮上しそうだが、少なくとも現在薔薇水晶に猫耳を凝視されて恥ずかしい思いをするなんて事はないはずだ。
「ねこ……にゃーん?」
両手を頬の辺りまで上げて、まねき猫のポーズを取る薔薇水晶。
(にゃーんじゃないよ……)
思わずため息が出た。
それに合わせて、猫耳も心なしか垂れ気味になっている感じがした。
薔薇水晶はそんな猫耳を動きを見逃さず、ちゃっかりと垂れた猫耳を触ってくる。
「……おお……ふにふに……」
その顔がちょっぴり恍惚を浮かべたそれになる。
「……もう行くからね。今は遊んでる暇はないんだ」
こんな所に長居していたら、いつ他のドールズに気づかれるかもわからない。
これ以上話がややこしくなるのはご免だった。
激しく猫耳を揉み拉く薔薇水晶の手を降ろし、薔薇水晶を一瞥。
小声で何か言っている薔薇水晶を無視して、僕はカバンに乗り込んだ。
「ひゃあっ!?」
しかし、突然背後から襟首を強い力で引っ張られ、僕はカバンからずり落ちてしまう。
「……待って」
薔薇水晶が僕の襟首を掴んでいた。
更にもう片方の手では猫耳を撫でている。くすぐったい。
「な、何なのさ薔薇水しょお〜」
「せっかくだから……猫生活を……エンジョイ」
猫耳を撫でていた方の手で、ビシッと親指を立てる薔薇水晶。
「は?」
「いいから……かもん」
意味がわからず困惑している僕を、薔薇水晶は服が汚れるのも気にせずにズルズルと引きずってゆく。
何だか妙な展開になってきてしまった。

 

連れて来られた先は、薔薇水晶のフィールド。
足を踏み入れて驚いたのだが、以前来た時と随分様子が変わっていた。
前は水晶だらけのフィールドだったはずなのに、今や服屋の中身を手当たり次第山積みにしたかのような、衣装でいっぱいのフィール
ドになっていた。
まるで巨大なクローゼットの中に入っている気分だ。
「ねぇ薔薇水晶、本当にやるの?」
「……もち」
僕の問いかけにサムズアップで応える薔薇水晶。
彼女の瞳がキラキラと輝いている理由は、この際問いたださないで置こう。
「で、でもさ……」
「はい……じゃあ……開始よーい……」
僕の抗議を完全無視して話を進める薔薇水晶。
んしょんしょと脚立を上り、メガホン片手にやる気満々だ。
どうやら彼女の設定は監督らしい。
そして僕が役者だそうな。

「シーン1……アクション」

薔薇水晶が僕にメガホンを向ける。
始めろと言う事らしい。
……うう、早くも帰りたい。

 

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〜その1 子猫風蒼星石〜

蒼星石「にゃ、にゃ〜ん」

薔薇水晶「あら蒼星石……ミルクが欲しいのかしら……?」

蒼星石「にゃー……ほ、ほしー……にゃ」

 

〜その2 メイド猫風蒼星石〜

薔薇水晶「……ただいま」

蒼星石「おか、おかえりなさ……」

薔薇水晶「……何?」

蒼星石「ごしゅじ……さま」

薔薇水晶「猫?」

蒼星石「……にゃ」

 

〜その3 妹猫風蒼星石〜

蒼星石「あの、おねーちゃ……」

薔薇水晶「あら、なあに?」

蒼星石「えっと、えっと……この宿題わかんないの……にゃー」

薔薇水晶「ふむふむ……蒼星石、1+1は2よ」

蒼星石「う、うわーおねーちゃんあたまいー……にゃん」

 

〜その4 ウルトラマン猫風蒼星石〜

薔薇水晶「きゃー……怪獣よー……たすけてー」

蒼星石「と、とうっ」

薔薇水晶「あ、ウルトラマンだー」

蒼星石「マタタビ……マタタビームにゃー!(ヤケ)」

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「ねえ薔薇水晶、もうそろそろいいよね……?」
「後一つだけ……次のが取って置き……」
そう言うと、薔薇水晶は脚立を下りて衣類の山を漁り始めた。
(……はぁ)
正直僕は激しく後悔していた。
何故あの時、無理にでも彼女から逃げなかったのか。
『私のお願い聞いてくれたら……その猫耳を治すの手伝ってあげる』
何故その申し入れを承諾してしまったのだろう。
あの時断っていれば、こんな目には……。
もし時間が戻せるならば、あの時の僕にビンタしてやりたかった。
「蒼星石……」
もそもそと衣類を漁っていた薔薇水晶が、何やら真っ白い布切れの様な物を持ってきた。
「それは何?」
「裸エプロン」
「刺していいかな?」
「……ぎぶぎぶ」
鋏を眼前に突きつけると、薔薇水晶はささっと水銀燈の背後に隠れてしまった。
これにはさすがの僕も切れた。
お願いというか、これはもはやイジメの範疇じゃないか。
「でも意外とノリ気だったんじゃなぁい?」
「な、何言ってるのさ水銀燈!そんなわ……け……?」
一生懸命弁解している僕を見て、小悪魔のような微笑を浮かべる水銀燈。

 

……水銀燈?

 

「な、何で水銀燈がここにいるのっ!?」
「あら、今頃気付いたのぉ?」
水銀燈が薔薇水晶の頭を撫でながらクスクスと笑う。
「私が呼んだ……ぶい」
水銀燈の肩口から、こちらに向けてピースサインをする薔薇水晶。
「ど、どこから見てた……?」
僕が恐る恐る尋ねると、水銀燈は思いっきり猫なで声で喋り始めた。
「にゃぁん……蒼星石、蒼星石ね。ミルクが欲しいのぉ〜♪」
「そ、そんな事言ってないってば!っていうか、それって最初からじゃないかあっ!」
「あらぁ、それって言ったってことぉ?」
「言ってた言ってた……」
「……うう」
この展開に思わず頭痛を覚える。
僕はただ単に遊ばれているだけなんじゃないだろうか。
薔薇水晶も水銀燈も、心から協力してくれるとは思えなかった。
内心もう帰りたい気持ちでいっぱいだったが、しかし今帰ってはせっかくの頑張りが全て無駄になってしまう。
もう少しだけ耐えよう、蒼星石。
もう少しだけ頑張って、それでダメだったら帰ろう。
その時は僕で遊んだ分の代価を払ってもらってから、だけどね。
「……ともかく、言う通りにしたんだから今度は僕に協力してもらうよ!」
「え〜」
「えーじゃないよっ!」
ぶー垂れている薔薇水晶に渇を入れると、水銀燈の背中にひょいっと隠れてしまう。
耐えろ、耐えるんだ蒼星石。
「大体さあ、心当たりとかない訳ぇ?」
「心当たり?」
「貴方だけ突然そんな姿になるなんて可笑しいじゃなぁい?昨日何か変なことしたんじゃ?」
確かにそう言われてみると可笑しい。
僕以外のドールは全員普段と変わりないのに、何故か僕だけがこんな姿になってしまっている。
(何で僕だけに猫耳が生えたんだろう?)
僕昨日何かしたっけ?
改めて昨日の出来事をよくよく思い出してみる。

 

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−朝−

僕「おはよう、おじいさんおばあさん」

おじ「おはよう蒼星石。突然だが語尾にニャーをつけてくれんか?」

おば「おはよう。ああ、猫が飼いたいねぇ」

−昼−

真紅「危ないわくんくん!後ろにペロリーナ男爵がっ!!」

翠星石「忌々しい猫ですぅ!両の耳を引きちぎって青くなっちまえばいいんです!」

雛苺「ね、猫さんがいっぱい出てきたのー!!」

金糸雀「下僕を召喚するとは卑劣極まりないかしらー!」

ジュン「あーもう、お前ら静かにしてくれよ……」

−夜−

水銀燈「はあい蒼星石ぃ、ニャー酸き……じゃない、乳酸菌摂ってるぅ?」

薔薇水晶「……にゃー……」

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(こ、心当たりが多すぎてわからない……)
思えば昨日はやたらと「猫」という単語を耳にしたような気がする。
偶然だろうか?
いや、偶然にしては出来すぎているような。
というか、僕の日常って冷静に考えると物凄い異常なんじゃ!?
そして今無性に煮干が食べたいのは何故?
頭の中に次々と疑問ばかりが浮かんでくる。
しかし根本的な原因と結びつきそうな物は、何一つなかった。
「ま、わからないんじゃ自然に治るのを待つしかないわねぇ」
「そ、そんなあ……」
「じゃ……続きいってみよー」
そう言う薔薇水晶の手にはエプロン。
もう片方の手をわしわしと動かしながら、ジリジリと僕に近寄って来る。

「あの、薔薇水晶さすがにそれは――」

「ウフフ、抵抗しても無駄よぉ?なにせ貴方の味方は誰一人ここにはいないんだから」

「そういうこと……さあ……裸エプロン……」

「ちょ、ダメだって!僕やらないよ!やめ――」

 

 

 

 

 

翠星石、僕は汚れてしまいました。

 

 

 

 

くんくん「ついに見つけたぞ、この事件の犯人はお前だッ!!」

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