件名 ジュンくぅん
To 柴崎元治
本文

わしゃ君に一目ぼれしてしもうたんじゃー♪
毎夜ジュンくんの事を想うだけで……わしは……わしは……っ!!
婆さんには悪いが、もうジュンくんと駆け落ちする用意はできとる☆
いつでもわしを攫っておくれ!
今夜は窓を開けて、勝負ふんどしで待っとるにゃん

 

 

件名 じっちゃん……
From 柴崎元治
本文

じっちゃんの激しい想い、十分に伝わってきたよ。
実はね……フフッ。僕もなんだ、じっちゃん。
僕もじっちゃんの事を想うだけで、どんな辛い事も耐えられる。
もう僕の頭の中はじっちゃんの事でいっぱいなんだ。
じっちゃんを抱きたい!じっちゃんをモノにしたい!!
僕の中で狂おしく躍るこの感情を、どうか受け止めて欲しい。
だから、だから今夜行くよ。絶対じっちゃんを迎えに。
そう、あざらしのなく頃に。

 

 

 

「うわぁぁぁッ!!てかいつだよそれッッッッ!?!?」

素っ頓狂な声を上げて布団から飛び起きるジュン。
その顔からは血の気が完全に失せ、正に蒼白の二文字が相応しかった。
ジュンは乱れた呼吸を治めようともせず、枕元に置かれた眼鏡を掛け、携帯電話を手に取った。
震える指先で携帯電話のボタンを操作し、焦りで何度も間違えながら、ようやくEメールメニューを開く。

――ごくり。

これから直面するかも知れない過酷な現実を想像し、思わず息を呑んだ。
もし先程の出来事が真実なら、ジュンは平穏な生活を確実に失ってしまう(既に失っている気もするが)のだから。
考えるだけで頭痛がし、動悸が激しくなり、物凄い吐き気がする。
しかし、見なければ真実を知る事が出来ない。
本当にジュンは男を攫うのか。
実はやおい属性があったのか。
しかも熟男フェチであったのか。
確かめねばならない。
ジュンは大きく深呼吸をした後、意を決してEメールフォルダを開いた。
未読メール12件。
内訳は真紅からが11件、そして蒼星石からが1件だった。
「夢……か……」
心から安堵のため息をつく。
その顔は数秒前とは一転し、暗雲を抜けて青空に出たかのように晴れやかな表情だった。
そんな青空に一筋の雨粒。
つうっと額を汗が流れ落ち、ここでようやくジュンはパジャマが汗でびっしょりと濡れている事に気がついた。
差し詰め悪夢の残り香と言ったところか。
思い出して少し憂鬱な気分に浸りつつ、ジュンは着替えを済ませた。
「けど、柴崎元治……って、確か蒼星石んとこの爺さんだよな。何でこんな夢を……」
当然の疑問である。
たかが夢、されど夢。
蒼星石のマスターである柴崎元治とは、ほんの数回会った程度でしかないはずだ。
それが何故夢に出て、ここまでジュンを追い詰めるのか。
何故ジュンを名指しで求愛までするのか。
もしくは、無意識の内にジュンが柴崎元治を求めているのだろうか。
「もしかして俺……ホントは爺さんのこと……」

想像して、ジュンは窓から飛び降りたくなった。

 

−同時刻柴崎家−

 

「……ふぅ」
作業道具を机に置き、ぐっと背筋を伸ばす。
一気に緊張が解けてゆき、同時に全身をどっと疲労感が襲った。
柱時計の針はそろそろ11時を指そうというところだった。
さすがに夜の仕事は老体に堪える。
しかし、この仕事はどうしても今日中に終えておきたかったのだ。
元治は作業机の引き出しを開け、今しがた修理を終えた銀の懐中時計をそっと中にしまった。
可愛らしい小熊の姿を模したその懐中時計は、先日小学校低学年位の男の子に修理を依頼された物だ。
くりっとした瞳にうっすら涙を浮かべながら店を訪れたその子は、公園で遊んでいる際に誤って時計を落とし、秒針を折ってしまったと言った。
こんな小さな子が遊びの時も手放さないという事は、余程大切な物なのだろう。
裏蓋には、それを裏付けるかのようにDear TAKASHI≠ニ彫ってあった。
誰かからの贈り物だろうか。
「直るかな……?」
男の子が上目遣いで心配そうに訊ねる。
元治はその杞憂を晴らすようにニコっと微笑み、男の子の頭を優しく撫でて言った。
「大丈夫だよ。おじちゃんの手に掛かればね、すーぐ直っちゃうさ!」
その言葉で安心したのか、男の子の表情にパァっと輝きが戻った。
その無垢で太陽のような笑みは、どことなくカズキを想わせる。
「じゃ、預かって置くね。明日もう一度来てくれるかな?」
元治が言うと、男の子は「お願いします」と丁寧に一礼をし、手を振りながら笑顔で帰っていった。
他客からの修理依頼も数件来ていたので、本来の順番なら修理に数日掛かるところ。
けれど元治は、その身を削ってでもいち早く修理を終えたかった。
あの子の喜ぶ顔が早く見たかったから。
だから無理をして、こんな時間まで作業を続けてしまったのだ。
それは、あの子にカズキの影を重ねていたからかもしれない。
幾ら重ねたところで、あの子はカズキではないことはわかっていた。
けど、それでも元治は構わなかった。
今はそれでいい。
出来るだけたくさんの笑顔や喜び、心に刻みつけよう。
生きられなかったあの子、カズキの分まで見届けよう。
そうすれば、いつか本当のカズキと再会したとき、あの子が退屈しない程の土産話を持っていってあげることが出来るのだから。
そして、本当のカズキの笑顔が見られるのだから。

11時を報せる柱時計の音。
元治はそっと作業場を後にして、自室へと歩き出した。
「……?」
階段の辺りに差し掛かったとき、元治はふと2階から灯りが漏れていることに気づいた。
電気の消し忘れだろうか。
元治はゆっくりと階段を上り、灯りのついた部屋の襖を少し開いた。
部屋の中では、携帯電話を見つめて嬉しそうな顔をした蒼星石が、うつ伏せになり足を小さくパタパタと動かしている。
「おや、蒼星石?どうしたんだい、こんな時間に」
「ひゃぁっ!?」
元治が声を掛けると、ビクっと身を緊張させ目を瞑る蒼星石。
その後すぐに片目だけ開けて元治を確認すると、一気に緊張が解け安堵の表情を浮かべる。
「ビックリしたぁ、おじいさんだったんですね」
「ははは、ごめんごめん。でも、夜更かしはいけないよ蒼星石」
少し窘めると、蒼星石が少し照れた顔で言った。
「ごめんなさいおじいさん。くんくんからの返信が楽しみで、つい……」
「あぁ、最近よくメールしている方だね。蒼星石は余程その人が好きなんだねぇ」
「えへへ……」
はにかんで少しだけ舌を出す蒼星石。
元治はそんな蒼星石の姿を見て、思わず笑みを溢していた。
「でもね、その方は探偵さんなんだろう?多忙なお仕事なんだから、ゆっくり待ったほうがいいんじゃないかい?」
「あ、そっか……そうだよね。男爵の近辺調査をしてるって言ってたし」
「そうそう。さ、今日はもうお休み」
蒼星石はコクリと頷き、鞄に潜り込んだ。
元治はそれを見届けると、部屋の電気を消し、
「おやすみなさい、おじいさん」
「おやすみ蒼星石」
襖を閉めた。

「おっと、そういえば……」
自室で布団を敷きながら、ふと思いつく。
蒼星石がよくメールをしているという、くんくんさん。
いつも蒼星石によくしてくれているらしい方に、未だお礼の挨拶をしていなかった事に元治は気づいた。
幸いアドレスは蒼星石に教えてもらっていたので、今から書く事が出来る。
早速作業着のポケットから携帯電話を取り出し、メール画面に切り替える。
余りメールという物はやった事がないのだが、出来ないというわけではない。
慣れない分時間は掛かるのだが、心を込めて送るものなのだから、時間を掛けるのはむしろ本望だと元治は思った。
「ふむ、どんな言葉で送るのが良いかのぅ」
携帯で打つ前に、元治は軽く頭の中で書き出しを考えてみた。

『隙を見てでよろしいので、お仕事の合間にでも読んで頂けると有りがたいです』

こんな感じだろうか。
元治の知っている限りで探偵という職業は、敵地への潜入調査やアクションもこなすシャーロック・ホームズの様なイメージである。
そして先程の蒼星石の発言(男爵の近辺調査云々)で、元治の中でのくんくん探偵像は確立したものとなった
なので「隙を見て」というのは、潜入調査の合間にという意味がこめられている。
「よし、これで書くとしよう」
元治は張りきってメールを打ち始めた。
「まずは件名……かきくけこ、こーんー……は……点々はどこだ?おぉ、あった。こんばんは……っと」
「えーと、次は本文……さ、し、す、す……で、次はかきく……あっと行き過ぎた。きっ、と……」
四苦八苦しながらも件名と最初の単語を打ち終えた元治は、その単語を漢字に変えるべく変換キーを押した。
しかしその瞬間画面が切り替わり、「送信中」の文字が点滅しながら画面に表示された。
「あっ」
変換キーを押したつもりが、間違って送信キーを押してしまったらしい。
元治は慌てていろいろキーを押し、送信を中断させようとした。
「あっ、あぁっ!」
しかし、直後無常にも画面に表示される「送信完了の文字」
「む、むむ……途中で送ってしまった」
元治はポリポリと額を掻くと、気を取り直して再びメールを打ち始めた。

 

少しだけ開いた窓から吹き込む夜風に冷やされ、サッパリと爽やかな気分。
今まで悩んでいた事を全て、夜風が洗い流してくれたらしい。
今になって考えると、本当にバカバカしいことだ。
あの夢を見たのは本当にただの偶然。
柴崎元治と相思相愛の仲であるはずなど、絶対にありえないのだから。
改めて布団を被り眠りに突こうとすると、突如携帯の着信音が鳴った。
「……?」
誰からだろう、とジュンは思った。
真紅はとっくに鞄に入って眠っている。
だとすると蒼星石だろうか。
最近、蒼星石からよくメールが来るようになった。
真紅のようなデスレターではないので、苦もなく返信しているのだが。
「えーっと、件名「こんばんは」……?

 

 

件名 こんばんは
From 柴崎元治
本文

すき

 

 

メールを読み終えたジュンは、迷うことなく窓から飛び降りた。

 

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