「……あはは。沙都子ちゃんらしいなぁ」
トラップで攻撃する所がいかにも沙都子ちゃんらしい。
梨花ちゃんの話と続いてるのかは微妙だけど。
「さて、レナも負けてらんないかな。かな!」
ケンタくんシャーペンを手に取り、一行目を書き始める。

 

 

―☆

 

 

ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン。

チャイムを押すこと数十回。
けれど機会音が連続で鳴り響くだけで、今だ誰かが出てくる気配はない。
「唐沢さーん、来たよー!」
ドンドン。
声をかけても、ドアをノックしても返事がない。
「おかしいなぁ……」
呼び出されたのは僕の方なのに……。
着いて早々憂鬱な気分。
このままトンボ帰りすることになるんだろうか……。
イチかバチかドアノブを手をかけ、回してみる。
ガチャッ
――開いてしまった。
「不用心な……」
入るよ、と声をかけて玄関に足を踏み入れた。

 

そこには僕の想像を絶する光景が広がっていた。

 

様々な靴が散らかった玄関に始まり、脱衣所から廊下にかけて脱ぎっ放しの衣類の山。
リビングにはレトルト食品の容器が散乱している。
そんな中彼女は、ソファーの上で毛布に包まってくーくーと子猫のように眠っていた。
よくもまぁこんな部屋で眠れるものだ。
一瞬起こそうかとも思ったが、やはり止めておいた。
最近はコンクールに向けて頑張ってるとか言ってたしなぁ。
せっかく気持ちよさそうに眠ってることだし、ゆっくり寝かせてあげよう。
そのうち目を覚ますさ。

しかし、彼女が起きるまで何をしていよう。
僕は改めて部屋を見回してみた。
「……カオス」
まさに混沌だった。
どう考えても年頃の女の子の家には見えない。
いや、一人暮らしだからこそこうなるのかも知れないな。
どっちにしろ凄い部屋な事に変わりはない。
はぁ、とため息。

――不本意だけど、彼女が起きるまでに片付けといてあげよう。

この混沌を見過ごす勇気は僕にはなかった。
ちなみに僕は、彼女の部屋を片付ける事に抵抗など全くない。
彼女が散らかし、僕が後片付けをする。
昔からこんな感じだった。
というか出会った当時からだ。
そんなもんだから、いつの間にか掃除は僕の役割となってしまっていた。
言い返そうにも、僕は彼女と違って控えめな性格だったから……。
彼女>僕。
この公式は今になっても全く変わっていない。

とりあえずリビングから掃除しよう。
床に落ちているレトルト容器を拾い、ゴミ袋に放り込んでいく。
中にはまだ中身が入っているものもあった。
それらを溢さないよう慎重に流しへ運ぶ。
「うわぁ……」
流しには使用済み食器がそのまんま何枚も放置されていた。
仕事一つ追加。
思わず脱力する。

その後1時間掛けてリビング・キッチン・玄関の掃除を終えた僕は、最後の難関に差し掛かっていた。
――そう、洗濯だ。
いくら幼馴染といえど、これはちょっと抵抗があった。
だってほら。
衣類を片付けてると、その内どうしても目に入ってしまうものがあるから。
その……直接肌に触れるアレとか。
いろいろ目の毒が。
そんな訳で洗濯が一番の難題だった。
かといって、この廊下に溢れ出る衣類の山を見過ごす事は出来ない。
どうしようか……。

「……仕方ない」
10分ほど唸って考えてみるも、いい案が思いつかない。
なので一番単純な解決方法を取る事にした。
つまり『見なければいい』
目を瞑って衣類を運べば問題なしという訳だ。
早速実行に移す。
運んでいる途中、爪先を壁にぶつけたり段差に躓いたりしたが仕方ない。
これしか方法がないのだから。
何度目かの段差に躓いたとき、やっと脱衣所らしき場所に到着。
もちろん見えていないので、あくまでも『らしき』だ。
あれこれ部屋を手で探っていると、指先に硬い機械の様な物が触れた。
形からして、恐らくこれは洗濯機だろう。
早速フタを開けて、中に衣類を放り込んだ。
続いて洗剤をパパッと2杯分ほど中に入れる。
これは洗濯機の真横に置いてあったのですぐわかった。
けれど、少し衣類を持って来過ぎたかもしれない。
フタを閉めるのにちょっと苦労した。

「……よし、後はスイッチを入れるだけか」

感で適当にスイッチを押してみるも、一向に注水の音が聞こえない。
そういえば、僕の家の洗濯機もスイッチが多くてややこしかったっけ。
ならば、初めて使う洗濯機を感で操作するのは至難の技だろう。
それに、よく考えたらもうフタは閉じている訳だし。
洗濯物は見えないのだから、目を開けてもいい事を失念していた。
――こういうのを彼女にからかわれるんだよなぁ。

ゆっくりと目を開く。
その瞬間視界に飛び込んできた光景は、とても俄かには信じがたく。
僕が絶句するに十分足るものであった。
何しろ、僕が脱衣所だと思っていた所は……実はキッチンで……。
僕が洗濯機だと思っていた物は……

 

炊 飯 器

 

通りで注水の音が聞こえない訳だ。
僕は気づかずに洗濯物を炊くところだったのか……。
だとすると、洗剤だと思って入れたアレは恐らくお米……?
我ながらちょっと泣けてきた。
「……ん?」
だとするとこの中身は……。
こんな小さな炊飯器の中に入る衣類って……。
恐る恐る炊飯器のフタを開けてみる。

 

バタリ。

 

中を見て言葉通り卒倒。
こんなオチを誰が予想出来ただろう。
僕が運んでたのが全部……。
全部下着だったとは……。
次第に薄れゆく景色の中、僕が思ったこと。
――結局彼女は何の用だったんだろう。

 

 

 

 

 

バシッ!

 

 

 

 

 

意識を失う直前に、後頭部を何か柔らかい物で叩かれた様な感触。
「起ーーーきーーーーれーーーーーー!!」
がくがくと肩を揺さぶられ、吹っ飛びかけた意識が一気に戻ってくる。
「……唐沢さん?」
僕のすぐ目の前に、真っ赤に頬を染めた彼女がいた。
彼女は僕の意識が戻ったことに気がつくと

ゴン!

勢い良く僕を突き飛ばし、床に叩きつけた。
頭から床にぶつかったので相当痛い。
転がって呻いている僕に、彼女は更に追い討ちをかけた。
抱き枕状の白いぬいぐるみで僕を殴る、殴る、殴る。
このぬいぐるみは何だろう、あざらし?
柔らかいぬいぐるみだったので、痛くはなかった。
さっきもこれで頭を叩かれたんだろうか。
「私が疲れて眠ってるのをいい事にっ!なに人のパンツ炊こうとしてんだ貴様わぁーーっ!!」
バシッ!
バシッ!
あざらしの頭突きが僕を何度も打ち付ける。
確かに事実ですけど、少し説明省きすぎじゃないでしょうか。
部屋の掃除をした事は褒めてくれても……。

「何で炊くの!どうして炊くの!!」

バシッ!
バシッ!
それは僕だって聞きたいです……。
そして何で叩くの……。
「ね、ねぇちょっと!そろそろ止めてほしかったり……するんだけど……っ」
「……む、そっか。あざらしが可哀想だしね」
そう言って彼女が攻撃の手を止める。
心配する相手がちょっと違うかもしれない。
ともかく、ぬいぐるみラッシュから開放されたことは素直に喜ぶことにしよう。
床に手を着いてヨロヨロと起き上がると、少し頭がフラフラした。
最初の床が効いたのかも知れない。
彼女はそんな僕を無視して、炊飯器の下着を素早く回収。
脱衣所の方へ走って行った。

――どっと疲れが押し寄せる。
時計を見ると、掃除開始から2時間余りが経過している事に気づく。
我ながら良く頑張ったなあ。
ちょっと自分を褒めてあげたい。
――だから少し位休憩してもいいよね?
ソファーに腰掛け、そのまま倒れるように横になる。
毛布を掛けると、ふわっと唐沢さんの匂いがした。
何故だか少し安心する。
そんな優しい匂い。
僕は少しの間その余韻を楽しみつつ、ゆっくりとまどろみの中に落ちていった。

 

「……って寝てるし」
リビングに戻ると蒼の姿が見えない。
どこかに隠れてやり過そうとしているんだろうか……とか思ったが、そうではなかった。
蒼は背中をくるんと丸めて、ソファーの上でスヤスヤと眠っていた。
毛布も掛けずに寝るなんて、よっぽど疲れていたのだろうか。
――なーんて。
「お掃除してくれてたんだもんね」
起きたら新居みたいに綺麗になっててビックリした。
ほんの数時間前までは、埋め立て場みたいな部屋だったのに……。
衣服とかはそのまんま放置されてたけれど、理由はまぁ想像がつく。
下着を炊こうとしたことだけは意味不明だけれど。
――いや。蒼のことだから、もしかしたら洗濯機と間違えたのかもしれない。
確か機械系苦手だったはずだし。

不意に蒼が寝返りをうち、毛布がハラリと落ちる。
私は毛布を拾って蒼に掛けてやった。
こうして近くで見ると、寝顔がまるでちっちゃい子みたい。
「……怒鳴ってやりに来たのにな」
無防備に眠っちゃって……。
そっと蒼の前髪をすいてみる。
ちょっと硬いけどサラサラの髪が指に絡んだ。

――こんな姿見せられたら何も言えないじゃない。

そう言えば蒼と会うのも凄く久々な気がする。
確かこの部屋の引越し祝いで来てくれたっきりだから……3ヶ月振り位か。
昔は毎日一緒に遊んでたんだけどな。
秘密基地作ったり、ヒーローごっこしたり。
女の子のお友達はおままごとばっかりしてたし、他の男の子は『女と遊ぶのは嫌だ』なんて意地悪だったから。
だから蒼が一緒に遊んでくれて、とっても嬉しかった。
ちょっと弱々しくて頼りなかったけれど、すごく優しかったし。

けれど中学・高校と進むにつれて、会う機会も徐々に減っていった。
蒼の学校は有数の進学校だったから、勉強が忙しかったみたいだし。
だから私は一人で遊ぶ事が多くなった。
たまに蒼と会ったとしても、もう一緒に秘密基地なんか作ったりする年でもないし。
何かよくわからない恥ずかしさが伴うだけで、目いっぱい遊ぶなんてこともなくなっていた。
大人になるって退屈。
まぁ、その退屈さを埋めるために小説なんか書き始めたんだけれど。
「ぅ……ん」
蒼がまた寝返りをする。
再び毛布がソファーから落ちて、ぐちゃぐちゃな形で床に広がった。
「全くもう」
もう一度毛布を拾い、蒼の体に掛けてやる。
その時軽く手が蒼の肩に触れた。
蒼の肩はガッチリとしていて、私の知らない内に男の子らしい体つきになっていた。
普段あんなにのほほんとしてるのに。

――もしかして、蒼も一端に彼女がいたりするんだろうか。
ふとそんな考えがよぎる。
考えた事なかった。
蒼が女の子と、私の知らない所で楽しそうに笑ってる。
想像したらちょっと悔しい。
「……ねぇ蒼、寝てる?」
そっと声をかけてみるが、返事はない。
蒼の目の前で手を振ってみたり、ちょっと擽ってみたりして、完全に眠っている事を念入りに確認する。
よし、大丈夫。
軽くぺちっと蒼のオデコを叩く。
私はゆっくりと深呼吸をし、蒼に話し掛けた。
「……蒼ってさ、彼女いたりする?」
「ちょーどここにフリーの若い女の子がいるんだけどナー」
「今なら無料でお持ち帰り可、大サービス中ですよ〜」
反応はない。
それはそうだ。
わざわざ眠っているのを確認して言ったんだから。
それでも……ちょっとだけ聞いてて欲しかった。
って言うのは少々わがまま過ぎかな。
「……なんてね。やっぱ私なんか嫌だよね、こんな生活能力皆無者な……ッ!?」

そっと指先に感じる温かい感触。
いつの間にか。

「あはは、シール貼っといた方がいいかな」

いつの間にか蒼が起き上がって……私の手を取っていた。
耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。
もしかしたら湯気も出ているかもしれない。
「い、いつから聞いて……?」
「おでこ叩かれた辺りからかな?」
それはつまり……さ、最初から聞かれて……。
「……バ、バカにしないでよね!」
耐え切れず蒼に背中を向けた。
すると蒼は、私の頭を撫でながら言った。

「僕は本気だけどな。お持ち帰り」

思わず振り返ってしまう。
そ、それってまさか。
まさかまさか……。
蒼はそんな私の考えを見透かしたように、優しく微笑んで……。

「僕、唐沢さんのこと大好きだから」

耳元でそっと囁いた。
傍から見たら、今の私はさぞ笑える顔をしているに違いない。
きっと顔から火が出ている。
胸の鼓動はさっきからフル稼働しっ放しだし。
目の前の蒼が、今は王子様みたいに見える。
もう何がどうなってるのか。
とにかく恥ずかしい……。
今は軽口すら出てこなかった。
そんな私だから、今は蒼のこんなセリフにも……

「唐沢さんこそ……あの……僕でいいのかな」

真っ赤になって、小さくコクリと頷くだけしか出来なかった。

 

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