私は今一枚の原稿用紙と戦っている。
右手には鉛筆、左手には消しゴム。
張り詰めた空気。
頬を一滴の汗が伝って落ちる。
私は覚悟を決めた。
持てる知識の全てを駆使し、その強大な四百字詰めの紙切れに戦いを挑むのだ。

 

 

―☆

「みー」
彼女が一声鳴いた。
すると大地が割れ、マグマが噴出した。

「みぃ」
再び彼女が鳴いた。
すると海が割れ、古代遺跡が姿を現した。

「みっみっみぃー」
彼女が雄叫びを上げた。
すると地球が割れ、大変な事になった。

―☆

 

 

「って、こんなのどう続けろと言うんですのーっ!?」
バァンと木製のテーブルに原稿用紙を叩きつける。
その音に反応するように、ぅぅんと梨花が声を漏らした。
――しまった。
慌てて息を殺し、一切の物音を立てず、梨花を観察。
幸いにも梨花は一度寝返りを打っただけで、目を覚ますには至らなかった。
ほっと安堵のため息をつく。
(でも梨花が悪いんですのよ……)
改めて原稿用紙の方に向き直る。
私が今凝視して唸っているこの原稿用紙。
別に日記を書こうという訳ではない。
この何でもない一枚の原稿用紙が、実は恐るべき『部活』なのだ。

きっかけは魅音さんのこの一言。
「時代は知的だよ諸君!」
皆意味がわからずきょとんとする。
突然何を言い出すのか。
余りにも言葉が足りなかったので、梨花がそれをフォローした。
「今日からの部活は、皆の結束力の確認をするためリレー小説にします。と言ってますです」
うんうんと魅音さんが頷く。
つまり詳しく説明するとこうだ。

「最近おじさんはライトノベルにハマってるの。あんな素敵な小説を書いてみたい。
けれど一人で書くのも何だか恥ずかしい……。そうだ、ならこうしよう。
部活のメンバーを巻き込んで、一緒に小説を書けばいい。
それなら、例えば私が……その……ラブストーリーとかを書いたとしても、笑われたりはしないはず……
うん。いいねこれ!これでいこう!!……なのです」

「そこまでは言ってないっつの!」
魅音さんのチョップが梨花に炸裂する。
痛かったのか、しばらく梨花は頭を抑えてみーみー鳴いていた。
「つまり皆でリレー小説をしろと……」
圭一さんは腕組みをして物凄く嫌そうな顔。
口先の魔術師も、文章には通じないという事だろうか。
「でも小説を書くのには時間がかかりそうだよ……?」
ちょっと心配そうに魅音さんを見つめるレナさん。
魅音さんはチッチッと指を振り、ニヤリと微笑んだ。
「執筆期間は一日!つまり今日の当番は、明日までに書き上げないと罰ゲーム!!」
当然講義するメンバー。
そんな無茶な条件で書けるはずがない。
けれどそんな声も魅音さんの一喝でかき消される。
「シャラップ!その代わり勝者への景品は豪華だよ。……なんとなんと!!」
がしっ。
魅音さんがすぐ脇にいた梨花を鷲づかみにする。
「梨花ちゃん一日お持ち帰り券!!」

「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」

部活メンバー以外からも歓声が上がる。
圭一さんもレナさんもヤル気満々。
岡村さんなどは、バック転までして喜びを表している。
貴方は参加できないでしょうに……。

――っていうか、よく考えたら。

それって、いつも梨花と一緒に暮らしている私は何の意味もないような……。
チラリと魅音さんを見る。
「……ひっ!」

何も言うな。

無言の脅迫。
その鬼気迫る表情に失禁しそうになる。
むしろちょっとチビった。
歓声を背にこっそりと教室を抜け出し、保健室で替えの下着をゲット。
着替えて教室に戻った頃には、既に執筆順まで決まっていた。
メンバーは景品(?)の梨花を除いて四人。
つまり私、レナさん、魅音さん、圭一さん。
この順でリレー小説を回す事になってしまった。

――そして現在に至る。
梨花が初めに書いたプロローグが何とも謎過ぎて、続きがとても書きにくい。
さすが昼休み中に書き上げただけの事はある……。
今すぐこの原稿用紙を投げ捨てたい衝動に駆られたが、それでは私が罰ゲームを受ける事になってしまう。
それだけは避けないと……。

そもそも、このプロローグには何か意味があるんだろうか。
一見梨花が適当に書いた文。
けどもしかしたら、何か深い意味があるのかも……!
何か大きなヒントが隠されているとか!
私は梨花の書き上げた九行を、穴が開くほど見つめた。

じー。
じーー。
じーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

見れども見れども答えは出なかった。
むしろ、地球が壊れちゃったのにどうやって続けるのか……。
「……もうこうなりゃヤケでございますわ」
地道に書こう。
現時刻は午後十一時半。
果たして朝までに書きあがるだろうか……。
眠い目をこすりつつ、私は原稿用紙に戦いを挑んだ。

 

 

―☆

西暦2570年。
人類が宇宙へ進出して、はや二世紀が過ぎようとしている。
人類による地球汚染は年々深刻なものとなっていた。
温室ガスによる地球温暖化、オゾン層の破壊。
原因は大小合わせると数え切れない。
それらの因子が重なって、地球はみるみる内に弱っていった。

そしてある事件を堺に、地球は人の住めない星となってしまったのだ。

ちょうど人類が宇宙へ居住範囲を広めた頃。
地球ではある不思議な現象が観測されていた。
それらは、初めの内はとても些細なことだった。
桜が例年よりかなり早く咲く。
浜にリュウグウのツカイが数匹打ち上げられる。
初めはその程度。
けれど、それらは次第にレベルを上げた。
砂漠に連日大雨が降ったり。
真夏に湖が凍ったり。
度を越した異常気象により、生態系は大きく狂ってしまった。

そしてその日が来た。
西暦2449年6月22日。
全世界1847箇所から同時に、極めて高濃度の火山ガスが噴出。
これにより全世界の人口の9割が命を落した。
日本時間では深夜だったので、特にその打撃は大きかった。
火山ガスの噴出した場所に関連性はなく、人の起こした大規模テロなのではないかとの声も上がっている。
だとしたら前代未聞の凶悪犯罪だ。
規模の大きさから見て、国家ぐるみで行われた可能性も高い。

私はこの事件を何としても解き明かすつもりだ。
この命が尽きるまでに。   ――M.Karasawa

 

「……なーんて、ちょい無理があったかなぁ」
カタカタとメモ帳をスクロールさせ、改めて自分が書いた文章を見直す。
サスペンス小説コンクール用に一ヶ月掛けて書いた、総容量200MBの大作。
ちょっとスケールが大きすぎたかもしれないが、でもまぁそこら辺はご愛嬌ってことで。
コンクールの締め切りもまだ余裕があるし。
なんなら、丸々書き直しても大丈夫かもしれない。
――尤もそんな気は更々ないのだが。

パソコンの電源を落として、壁掛け時計を見る。
針は午前8時28分を指していた。
「また徹夜しちゃったわぁ……」
んーっ、と伸びをする。
最近は余り寝ていないせいか、身体がとてもだるい。
食事の時間も不規則、運動量も皆無と、非常に不健康極まりない生活だ。
たまには、小説のネタ探しという名目で外に出てみるのもいいかもしれない。
気分転換というやつだ。
最近通販で新しいキャミを買った事だし、お披露目の丁度いい機会かな。
水族館でも行くか。
そうと決まれば行動は早い。
一人ではお披露目にならないので、幼馴染の蒼(あおい)を呼び出す事にした。
ベッドのケータイを掴み取り、電話帳登録番号01をプッシュ。
「……はいもしもし?」
蒼はきっかり7回目のコールで取る。
恐らくこの電話で目を覚ましたのだろう、声が半分寝ていた。
私は大きく息を吸い込んで……

「うぇいくあっぷあおおおおおーーーーーーーーーーーい!!!!」

ケータイ越しにガタゴトとすごい音がした。
驚いてベッドから落ちたのだろう。
相変わらずドジな奴。
私はふと思い立って、机の2番目の引き出しを開けた。
中には細々とした機械部品が所狭しと並べられている。
その中から一際目立つ扇形のリモコンを取り出し、大小様々なボタンの内の一つを押す。
ポチ。

ガン!ゴゴンガン!バシャアアアアアアア!!

説明しよう。
ガン! =蒼の頭にステンレス鍋が落ちた音。
ゴゴンガン! =蒼の頭に金ダライが3連続で落ちた音。
バシャアアアアアアア! =蒼がバケツの水を頭から被った音。

蒼の行動パターンは全て予想済み。
例え蒼が自宅にいようが、ベッドからの落下位置など手に取るようにわかる。
少し間が開いて、蒼の涙声が聞こえてきた。
「うぅ……寝起きなのにヒドイよ唐沢さん……」
「男なんだからもっとシャキっとする!んで、うちに集合!」
「え、ちょっとま……」
ピッ。
有無を言わさず通話終了。
これでよし。
後は蒼が来るまで待ってればいい。
蒼の家からうちまでは、徒歩5分程の距離。

――それまで少し休んでよう。

ふぁ、と小さく欠伸をしてソファーに転がる。
ふわふわの毛布が心地よかった。

 

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