ご主人はぐったりと垂れている蒼さんを尻目に、テーブルに料理を並べ始めました。
実際に調理風景を間近で見ていた私ですが、一堂に会したそのラインナップたるや、それはそれは想像を絶する威圧感を発しておりました。
良く言えば漆黒の宇宙。
バカにするとマックロクロスケ。
簡単に説明すると、黒一色。なにせ料理の全てが黒いのです。
なので、回復した蒼さんがそのテーブルを見た第一声が「うわあ、すごいね唐沢さん」でした。
「それはどっちの意味のすごいかしら?」
ご主人は表情を変えずに淡々と言います。
失言に気づいた蒼さんは「あ、いい意味でだよ?」と慌ててフォロー。
しかしご主人は、力なく首を振ります。
「……無理しなくていいわよ。どうせ私が作った物だもん、美味しいはずないし」
続けて「全然美味しそうにも見えないし」とご主人。
箸を並べながら話すご主人の目には、何だかちょっぴり涙が浮かんでいるようにも見えました。
無理の無い事かもしれません。
本来なら綺麗で華やかな食卓を構えて、笑顔で蒼さんを迎えるはずだったのですから。
それが実際はこの有様。内心かなりショックだったのでしょう。
「ううん、でも唐沢さ」
「いいよ慰めてくれなくても。私が悪いんだし」
ご主人は食器を並べ終えると、座ったまま寂しそうに項垂れてしまいました。
気まずい雰囲気が辺りを包みます。
「そんな事ないよ、だって僕は……」
「……」
「僕は唐沢さんが作ってくれただけで嬉し……」
「……」
「えっと……」
蒼さんも必死に励まそうとするものの、性格というか口下手が災いして上手く言葉が出てきません。
そのまましばらく口篭っていた蒼さんですが、突然何かを決意したようにすっくと立ち上がり、ご主人のすぐ後ろに立ち膝をつきました。
その行動に少し興味を引かれ、顔だけ振り向いて不思議そうに蒼さんを見つめるご主人。
そして次の瞬間、蒼さんは背後からご主人を抱きしめていました。

「……か、唐沢さん大好きー!!」
「っ!?」

目をきつく瞑って、ぎゅっとご主人を抱擁する蒼さん。
顔を真っ赤にしてとても恥ずかしそうでしたが、それはご主人も同じ。
そんな訳でご主人は照れ隠し(?)で蒼さんに肘うちを喰らわせたのでした。
「ふぐぅ、痛いよ唐沢さぁん……」
鳩尾を押さえて蹲る蒼さん。
「あっ、あおいこそ!急に何すんのよっ!」
上気した表情で、しかし手にはしっかりと私を抱き、いつでも迎撃出来る体制でご主人が言います。
蒼さんはよろよろと立ち上がると、ちょっと顔を赤らめて言いました。
「大好きな唐沢さんが僕のために作ってくれた物だから……本当に嬉しいんだよって言いたくて、その……」
モジモジと俯く蒼さん。
「……」
「えっと……」
「……バーカ」
そう言ってくるっと蒼さんに背を向けるご主人。
目元を拭いながら、微かに見えた横顔は何だか嬉しそうでした。

「じゃあ早速……いただきますっ!」
蒼さんが黒焦げの野菜炒めを少し掻き分けて、比較的無事なキャベツを選び口に運びます。
その姿をじっと不安そうに見つめるご主人。
「……あ、美味しいよ唐沢さん
「ホントっ!?」
「うん、ほらコレとか。焦げてないトコなら十分食べられるよ」
「良かったぁ〜」
ホッとため息をつくご主人。
その表情はとても晴れやかで、やっと元気が戻ったようでした。
そして気を良くしたご主人は、直後大胆な行動に出たのです。
「蒼さ、ちょっとアーって言ってみて?」
「え、何で?」
「いいからいいからっ!」
蒼さんは一瞬訝しげな表情をしましたが、特に断る理由もなかったのでしょう。
すぐご主人の言う通りに口を開けました。
「あー」
「んっ
蒼さんが口を開いた瞬間、すかさずスプーンで掬った肉じゃがを入れるご主人。
目を思いっきり見開いて驚く蒼さん、それを見たご主人はクスクスと笑っています。
「へへーん。勝手に抱きついた罰ゲーム〜」
「罰ゲーム……って、じゃああの肘うちは一体……」
「えー、何のことカナー?」
にやーっと満足げに微笑むご主人。
蒼さんは少し考え込むように肉じゃがを装うと、次の瞬間大きく体を乗り出し、窓の方向を指差して叫びました。
「あああっ!唐沢さんUFOが部屋に!!」
「はっ、そんな手に引っかかるもんです……かッ!?」
鼻であしらおうとしたご主人の口に、今度は蒼さんがスプーンを入れました。
「あははっ!別に振り向かせるのが目的じゃないよーん♪」
「む゛ぅ〜……」
見事に逆手に取られ、恥ずかしそうに唸るご主人。
蒼さんはそれを見て愉快そうに笑っています。
こうして見るといい雰囲気ですよね。
あざらしの私もちょっぴり嫉妬します。
が、その想いが具現化してしまったのか、ほのぼのとした雰囲気を突然のチャイムが裂きました。
「……あ、私行って来るね」
「いってらっしゃい唐沢さん」
ご主人が小走りで玄関へ駆けていきます。
蒼さんが小さく手を振っていましたが、ご主人の姿が見えなくなると、急に真剣な顔になって部屋を見回しました。
「……今のうちかな」
そう呟くと、蒼さんはポケットから数枚の紙を取りだしました。
そしてテーブルの裏、クローゼットの脇、机の上にその紙を貼ると、最後に私のお腹の下に小さな小箱を隠していきました。
隠す瞬間にチラっと見えたその小箱には「TIFFANY」と書かれていた気がします。
「指令用紙もセットok。唐沢さん驚いてくれるかなぁ。――もしかして、今日が21日だってこと忘れてたりして」
クスリと微笑む蒼さん。
「よし……それじゃケーキ取り行こうかな。その間に見つかんないといいんだけど」
そう言うと蒼さんは玄関の方へ歩いていきました。
耳を澄ますとご主人と蒼さんの話し声が聞こえます。

何となーくわかってきました。

蒼さん……。
貴方のその精神は素晴らしいです。
ご主人の誕生日が21日だから、恐らく「〜を見ろ」とでも書かれた紙でご主人を誘導して、私のお腹の所にあるプレゼントを見つけさせる作戦なので
しょう。
ご自分で渡さないのは照れくさいからと見ました。
まぁその作戦も遊び心たっぷりで微笑ましいんですが、貴方はとても重大なミスを犯しています。
しかも貴方はその事に全く気づいていない。
それはとても空しいというか、ある意味笑えるというか……。

だって、だって今日は……。

 

 

5月20日なのですから。

 

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