我輩はあざらしである。名前はまだない。
などと文学的に語って間が持つほど、私の語彙は豊かではありません。
なので今日は私が見たこと、感じた事をそのまま皆さんにお伝えする事にします。

それには、まず初めに語り手自身の紹介をしなければなりませんね。
冒頭で述べた通り、私はあざらしです。
でも本物のあざらしではなくて、永遠のホワイトコートが自慢の“ぬいぐるみ”あざらしです。
名前はありませんが、不自由を感じた事は一度も有りません。
こう見えて私はご主人の手作りですから、愛情はたっぷり頂いております。
ご主人は家事が滅法苦手な癖に、手芸は大得意なのです。
まぁ、その理由もとても微笑ましいものなのですが、それは後々説明いたします。
そんな訳で今回お話するのは、そんなご主人と幼馴染の蒼さんとの、ある一日の物語です。

 

5月17日(晴れ)

ガラガラガラ

「よっ!ほっ!とうっ!」
バサッバサッ

ご主人が床に散らかった私物を拾うたびに小さな埃が舞い上がり、それが私の体毛に纏わりつく。
自分で埃を払い落としたいところだが、私はぬいぐるみなのでそれは出来ません。
なので私は、ご主人が気づいて埃を払ってくれるのを健気に待つのです。

「ふおおおおおおお」
ウィーンウィーン

ご主人は粗方の私物を床から撤去すると、今度は掃除機を持ち出しました。
長いノズルを振り回し、縦横無尽にリビングを駆けるご主人。
ご主人が掃除機をかける姿というのは、とても珍しいものです。
写真に収めて保存しておきたいところだが、私はぬいぐるみなのでそれは出来ません。
ならせめてその姿を瞳に焼き付けておこうと、私はご主人を凝視します。
すると私の熱い視線に気づいたのか、ご主人がこちらへと歩み寄ってくるではありませんか。
私はわくわくと胸(綿)を高鳴らせてご主人を見つめます。
そしてご主人は、高々と掃除機のノズルを掲げると……。

もぎゅっ!

私の頬に掃除機を押し付けました。
そのまま、頬から全身へとノズルを這わせます。

ずぞぞぞぞぞぞぞ!

いい具合にノズルに吸われる私の体毛。
少しシワが出来てしまうのですが、埃も一緒に吸ってくれるので我慢します。
でも、やっぱりほっぺ痛いですご主人。

ご主人は私からノズルを剥がすと、再度床の掃除に移りました。
前述の通り、ご主人が掃除機をかける姿はとても珍しいです。
何せ部屋の片付けすら滅多にしないお方なんですから。
そんなご主人が、今日は何故掃除をしているのか。
その理由はとても単純明快です。
完結に説明しますと、今日の朝方に蒼さんから電話が掛かってきて……。

「ねぇねぇ唐沢さん、今日遊びに行ってもいい?」
「ぇ……い、いいけど何でよ?」
「何でって、ただ唐沢さんと遊びたいだけだよ」
「ふーん……私あんまり暇じゃないんだけどナ〜」
「ありゃりゃ、忙しかった?じゃあまた今……」
「違うっ!別に忙しくないわよっ!!」

ということで、今日は幼馴染の蒼さんが遊びに来るのです。
ご主人ったら、電話を切るなりピョンピョン飛び跳ねて喜んでました。
全く、ご主人は素直じゃないです。
そんな訳で、ご主人は張り切って掃除を始めたのですが、慣れない作業のためかなり梃子摺っているようです。
それを象徴しているのが、部屋の隅に置かれたモノクロームカラーのクローゼット。
手当たり次第に物を詰め込んだせいか、みしみしと音を立てて軋んでいてとても恐ろしいです。

しばらくすると一通り掃除が終わったらしく、ご主人今度はエプロンを締めて料理を始めました。
手料理で蒼さんを喜ばせてあげようという精神、何て健気なんでしょう。
一体どんな料理を作るんでしょうか。私も楽しみです。

「おーし、ハイパーグレネードチャーハン開始!」

チャーハンだそうです。
ネーミングで不安になってきましたが、チャーハンですよね?
ご主人は腕まくりをすると、早速調理に取り掛かりました。
まずはボウルに卵を割り、よく混ぜます。
殻が結構入った気がしますが、そこはワイルドに。
次にフライパンに油を入れ、十分熱します。
フライパンが程よく温まって来たところで、とき卵を流します。

ジュウゥゥ……。

溶き卵が熱せられる小気味良い音がキッチンに広がります。
普通ならほぼ同時にご飯も入れなければならないのですが、そこはご主人。考えが違います。
「んー、何か火力が弱いなぁ。料理人みたく、もっとこう……」
ハッと顔を上げ、辺りを見回すご主人。
何を思ったか、フライパンを置いてリビングへ小走りで駆けて行きます。
その間にも、当然フライパンの卵はジュウジュウと焼かれています。
数十秒後に戻ってきたご主人。手には何とガスバーナー。
ご主人は何をするつもりなんでしょうか。
むしろ想像はついてるんですが、認めたくないです。それはマズイですご主人。
私の切なる願いも届かず、ご主人は炊飯器からご飯を装ってフライパンに投げ込みます。
そして、ガスバーナーに火をつけると……。

「上下同時火炎!ファイヤ〜〜〜

卵ご飯目掛けて放射しました。
パチパチと嫌な音を立てて黒ずんでゆくご飯たち。立ち込める煙。
けれどご主人はそんな事にも全く気づかず、火炎を見てきゃっきゃと喜んでいます。
これはもう、炒めるというより痛めるです。
「ファイヤー☆ファイ………嫌ぁぁっ!?」
粗方のご飯が消し炭となった頃、ようやく事態に気づいたご主人。
慌ててガスバーナーを消すものの、気づいたときには時既に遅し。
完成したのは黄金のチャーハンではなく、漆黒の炭屑でありました。
炭屑を前にしばし呆然と立ち尽くすご主人。
やがて煙が消えた頃に、恥ずかしそうに顔を歪めると、ぼそっと漏らしました。
「ん……むぅ。てへへ、ちっと失敗カナー??」
「どんまいどんまい☆」とセルフフォローするご主人。
しかし本当の悪夢はここからでした。
チャーハンの失敗を挽回しようと意気込むご主人が、次に選んだ品名は野菜炒めでした。
どうしてまた炒め系を。
野菜の切り方は不器用でしたが、最初のうちはちゃんとレシピ通りに作っていました。
けれどやっぱり、何と言うか血なんでしょうね。
炒めるときになって、ヤケにそわそわしているなと思ったら……。
うずうずを抑えられなかったんでしょうね。
前回の反省を全く生かさず、再度上下同時火炎が炸裂しました。
当然の如く消し炭になる野菜炒め。いや痛め。
「……うぅ。めげないもんね!」
この程度ではくよくよしないご主人。
続けて今度は肉じゃがを作り始めました。
まず鍋いっぱいに水をいれ、コンロにかけるご主人。
続けて野菜と牛肉をみじん切り、というか滅多切りにして鍋の中へ。
何故ご主人は肉じゃがの具をこんな細かく切ったのか。
それは私が思うに「きっとこの方が食べやすい」という真心が働いたのだと思われます。
蒼さんは幸せ者ですね。ご愁傷様です。
その後調味料を加えて、隠し味にイカスミを加え弱火でコトコトと。
イカスミが無ければ普通(?)の肉じゃがなのに、あえて加えちゃうところが素敵ですよね。
肉じゃがの出来に満足気味なのか、ご機嫌なご主人はアクを取りながら小声で歌を歌い始めました。

「あーくをとーりまーしょ」
「ぶっくぶっくと〜♪」
「おっいしーにっくじゃがーつっくりーましょ〜♪」
「ぐっつぐっつぶっくぶっく……ふふっあーおいーのたー
め゛っ!?

上機嫌で歌いながら、その場でクルリと半回転するご主人。
途端に絶句し、カランと音を立てておたまを落としてしまいました。
何せその目に映ったのは、他ならぬ……。

「や、やぁ唐沢さん」

蒼さんだったのですから。
リビングのソファーに腰掛け、微笑みながら軽く手を振って見せる蒼さん。
しかしその表情は少し引き攣っていました。それもそうでしょう。
だって対するご主人は、バックに青い炎を燃やして佇んでいたのですから。
「げ、玄関のドアが開いてたから……その……」
「……いつから見てたの」
エプロンを脱ぎながら冷ややかに告げるご主人。
そして、私の尻尾をがっしと掴みます。
これ即ち武装モード。一触即発の臨戦態勢です。
その足でゆらりと蒼さんの下へ詰め寄り……。
「……上下同時火炎辺りから」
「ほとんど最初からじゃんかバカああああああああああああああ!!!」

パシッ!

私のボディが鞭の様に撓り、蒼さんの頭を捕らえます。
衝撃で思わず床に突っ伏す蒼さん。
中身が綿とはいえ、技次第で相手に十分なダメージを与える事が可能なのです。
しかしご主人の怒りは一撃では覚めやらず、蒼さまの胸、胴と滅多打ちに。

パシパシパシパシパシパシパシ!
パシパシパシパシパシパシパシ!

 

 

――ふう、スッキリしました。
まぁこれも乙女のプライベートを覗いた報いということですね。
蒼さんはその後しばらく、半泣きであうあう呻いていました。

 

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