まさか。
まさかまさか。
まさかまさかまさか。
そんなはずは……
ありえない……

目の前の現状がとても信じられなかった。
信じられないというより『ありえない』ことなのだ。
だって私は水銀燈。
それ以外のモノであるはずは絶対にないのだから……。

鏡の中の私を拒絶するように、きつく目を瞑った。
気のせい。
きっと気のせい。
そうよ、もう一度目を開けば、きっとそこにいるのは元の私。
今までのは多分悪い夢。
今度こそ、ちゃあんと私が映るはず。

私は大きく深呼吸をして、ゆっくりと目を開いた。
鏡に映っていたのは

「……な、なんなのよこれぇ」

 

 

――雛苺だった。

 

 

早朝、私は他の住人が目を覚ます前に活動を開始した。
まずは落ち着いて情報収集が必要。
何故私がこんな姿になっているのか、この家を調べれば何かヒントが得られるかもしれない。
何しろこの家の住人と入れ替わっている訳なのだから。

他の住人が目を覚まさないよう、こっそりと鞄から抜け出し、この部屋をぐるっと見渡してみる。
特に変わった事はない、ごく普通の……とはとても言えなかった。
この部屋の中には『くんくん探偵』グッズが異常に多い。
棚に飾られた人形やDVDを初め、タオル・洋服・壁紙など……。
部屋の模様の八割はくんくんなのではないかと思えてくる。
なんて羨まし……じゃない、くっだらなぁい。
そんな中、部屋の中央にドンと縄張りを主張するかの如く配置された三つの鞄。
一つはこの体の元の持ち主、雛苺の物。
それと別に鞄が二つ。
恐らく真紅と翠星石の鞄だろう。
いずれもくんくんのシールが大量に貼られていて、何とも迫力がない。
「本来の使命も忘れて仲良しごっこだなんて……ホントにおばかさぁん」
せっかくなので、何故か部屋の隅っこにあった漬物石を、二人の鞄の上に置いておいた。
こんな時に雛苺の苺轍は便利だ。
漬物石には『精霊こんぶだし』と書かれたお札が貼られていた。
こんな物どこで買うのだろう。
かなりの謎だったが、まぁ別にどうでもいい。
後この部屋で何か気になるものは……。

――真紅達のミーディアム。

呑気にベッドで眠っている人間。
今のうちに、このミーディアムを亡き者に……なんて事も考えた。
しかしこの体ではロクな事が出来そうにない。
私が元の体に戻った後にすればいいだけ。
今じゃなくてもいい。
もうこの部屋には用はないので、ここから出ようとドアノブに手を伸ばした。
「……」
気を取り直してもう一度トライ。

 

 

――届かない。

 

 

何でこんなに背が低いのかしら。
きっと乳酸菌が足りてないのよ。
仕方がないので苺轍でドアノブを回した。

 

 

――

 

 

「……うにゅ?」
ヒナが起きたら、いつものお部屋じゃなかった?
ジュンのお部屋で、鞄で、昨日『おやすみなさい』したのに……??
どうしてー??
ここは何だか病院みたいなの……。
ヒナどこも悪くないのにー!

――あ。

そ、そういえば、この前翠星石が言ってたの。
病院には時々怖い先生が現れて『ちゅーしゃ』を振り回して暴れるんだって。
それで刺されると、一生ご飯が食べられなくなっちゃうって言ってたのー!
だからヒナはここから脱出するの!
よくわからないけど、背中に羽根があるから簡単に脱出できそうなのよ〜♪

「よぉーっし!ヒナ飛びますなの〜〜〜っ!!」

 

 

――

 

 

この体を少し侮っていたかもしれない。
ちょっと背が低いだけで……。
ちょっと視点が変わるだけでこんな……。

「……くぅぅ……」

こんなにも階段が怖く見えるなんて。
普段の私なら、こんな段差気にもしないのに。
なのに、この体だと段の一つ一つがちょっとした断崖だ。
試しに一歩踏み出そうとしたが、不覚にも足が震える。
けれど一階に下りない事には調査が進まない。
大丈夫、落ち着いて一段ずつ下りれば大丈夫。
そう心に言い聞かせて、最初の一段を……
「何やってるですかチビ苺」

 

「ひぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ガタガタガタガタガタン!
突然の背後からの声に驚き、階段から転げ落ちてしまった。
全身がとても痛い。
ちょっと涙目になりつつ背後を見上げると、階段上で翠星石が呆れた顔で私を見ていた。
「朝からうっせーチビ苺ですぅ。音量ボタンがついてるならミュートにしてやりたいトコです……ふあぁ」
小さい欠伸をすると、翠星石は元の部屋に戻っていった。
「……生意気ぃ」
この体じゃなかったら捻ってやったところだ。
立ち上がり、体についた埃を払い落とす。
それにしても漬物石はどうしたのだろう。
そう簡単にどかせる程軽いものじゃないはずだけど。

――まぁいいか。

調査を続行することにした。

 

 

――

 

 

水銀燈。
ローゼンメイデンの第一ドール。
性格は好戦的で、極めて冷酷。

「うにゅわ〜〜〜っ!?ば、薔薇水晶なのーーっ!!」

――だったはず。
少なくとも私の知るお姉様は、こんな……。

「うにゅぅぅぅ……ひ、ひ、ヒナに何の用なのぉー!?」

ウルウルと瞳を潤ませながらジタバタと暴れるようなドールではなかった。
「……お姉様」
「にゅおおおー!?やーのぉ〜〜〜〜っ!!!!」

――飛んで行ってしまった。

 

 

――

 

 

「ここは何の部屋なのかしらぁ……?」
あまり大きくはない部屋。
その部屋の中心には、楕円型のテーブルが置かれていた。
仄かに漂う芳香剤の香りが心地いい。
ティーセットでもないかと調べていると、突然ドアが開いた。
「……雛苺、トイレで何やってんだよ」
「と、トイ……!?」

バタン!

部屋から出、思い切りドアを閉めてやる。
さ、最初から知ってたわよそんなの。
トイレだって事くらいとっくに気づいてたわぁ。

 

 

――

 

 

今日も楽してズルしてミッションスタート!
今回はみっちゃんのお弁当があるから、いつもよりやる気が出るかしらーっ!
みっちゃんとっときの玉子焼き……うぅ、早く食べたいかしらー。
――いけないいけない。
今は目の前の作戦に集中かしら!
今回の突入作戦は、ズバリ!

 

『(ピンポーン)宅急便かしらー。出ておいでかしらー』
『はいはーい』
『(今かしら!)ささっ!ドアの影に隠れるかしらー!!』
『……あら、いないわねぇ?(ドアを閉める)』
『(そこへすかさず潜り込むかしらー!)』

 

か、完璧かしら〜
さっすがローゼンメイデン一の策士!
もうキムシジャクなんて言わせないかしらーっ!
そうと決まれば早速実行!
チャイムを鳴らして……

バサバサバサバサ

「……へ?」
今何か黒い影が見えたかしらー?
門の影から顔だけ出して、玄関を見てみ……る……。

 

「じゅんー!のりー!しーんくぅ〜すいせーせきそーせーせきぃ〜〜!開けてなの〜〜っ!」

 

――水銀燈がドアを激しくノックしてるかしら。

「うにゅー……」

今度は水銀燈がちょっと泣きそうな顔。
な、何か物凄く水銀燈のキャラが違うかしらー?
まさかカナが夢でも見てるのかしらー……。
門の影からジーっと観察していると、不意に視線が合ってしまったかしら。
「ひっ!」
「あ、カナリアなのー!」
てってってっ。
音がしそうな位コミカルに歩み寄ってくる水銀燈。
「えへへ〜♪カナ今日は何して遊ぶのー?」
「あわわわわわわわわわ」
な、何かすごく身の危険を感じたかしらーっ!!
笑顔で威圧するなんて……うぅ。こ、怖いかしらぁ〜……。
「お、覚えてなさいかしらーっ!!」
一時撤退。
今日のところは見逃してあげるかしらー!

 

「……ぶー。カナが変なの〜」

 

 

――

 

 

「のり、蜂蜜が少し多すぎ。シャリマティーにはほんの少しで十分なのだわ」
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。私ったら、オレンジの厚さばっかりに気を取られちゃって……」
「……」
本当にのどかな食卓。
真紅、翠星石、そして蒼星石まで。
この体を含めると、四体ものローゼンメイデンがこの家に集まっている事になる。
ローゼンメイデンの半数がこの家にいるというのに、アリスゲームがスタートする気配が全くない。
真紅達は一体何を考えているの……?
「ヒナちゃん?どこか具合悪いの?」
一人だけ箸が進んでないのを見て、人間の女が話掛けて来た。
「そういや、今日の雛苺は何か変だよな」
余計なお世話だ。
目の前の私が、本当は雛苺ではない事に気づいていないくせに。
「今朝も変な漬物石で悪戯しやがったですぅ。ま、簡単に退けられましたですけどーっ」
「……よく言うよ。ボクが退けるまで気づいてなかったじゃないか」
――あれを退けたのは蒼星石の仕業だったのね。
余計な事を。

食事も終わり、各自がそれぞれ時間を潰す。
私も一人ソファーに腰掛けて、元に戻る方法を考えていた。
そもそも何故この姿になったのか。
何故雛苺なのか。
私と雛苺の間に何かがなかったか、よく思い出してみる。
昨日確かに私はこの家に来た。
あんまりにも暇だったから、真紅を嗾けてアリスゲームをしようと。
その時に何かがあった……?
思い出そうとしても、その先はフィルターが掛かったように何も見えない。
はぁ、とため息をつき、さり気なく顔を上げる。
真紅が私を見つめていた。
私と目が合った事に気づくと、真紅はにっこりと微笑んだ。
思わず目を逸らしてしまう。
あの様子だと、恐らく真紅はずっと私の事を見ていた。
まるで面白い物でも見ているかのように。
真紅は何か知っている……?

もしかして、気づいている……?

背筋がぞっとした。
だとしたら、今私は物凄く危険な位置にいるのではないだろうか。
もし真紅が私の正体に気づいていて、他のドール達もそれを知っていて。
その上で私が滑稽に雛苺を演じている姿を見て、笑っている。
この姿の私には大した力がない事を知っているから。
いつでも仕留める事は出来るけれど、あえて泳がせている……
私が懸命にもがく姿を見て楽しんでいる。

――許せない。

元の姿に戻ったら、すぐに皆ジャンクにしてあげる。
それにはまず、本来の姿に戻る事が不可欠。
何とかしないと。
でもどうやって……?
また振り出しに戻ってしまった。
私はソファーに横になり、天井を見つめた。
高い。
そっと手を伸ばしてみる。
届かない。
これが当然。
今の私は精々こんなところだ。
自分以外の存在になる。
これは、なろうと思ってなれるものじゃない。
なりたいと願っても、決して届く事などありえない。
けれど真似ごとなら出来る。
今で言うと、天井に届くために使う『何か』が必要だ。
距離を縮めるもの、手助けをするもの。
必ずあったはず。
そして、私は昨日それを見ているはず。
再び記憶の海に潜り、そのイレギュラーを検索する。
落ち着いて、冷静に。
すると、今度はフィルターがみるみる薄くなってゆく。
もう少し。
もう少しで、ついにこの先が見える。
何があったのか、やっとこの目で確かめる事が……

 

「きゃあああああああっ!くんくぅぅぅぅぅぅんっっっ!!」

 

突然の甲高い悲鳴に、思わずソファーから転がり落ちてしまった。
声の方向には……真紅。
「……なんかまた着たみたいだね。くんくんメール」
「さっすがに毎日毎日あれだと、うざったくてかなわねぇですぅ」
真紅は何やら四角い箱の様なものを握り締め、恍惚の表情を浮かべていた。

――もう少しだったのに。

チッ、と舌打ちをする。

 

 

――

 

 

「うー」
ヒナが帰ってきたのに、誰もドアを開けてくれないのー……。
どうしよう……。
ドアをガチャガチャさせながら考えてたら、ジュンの部屋の窓が開いてる事に気がついたの!
てーいっ!ジャンプなの〜!!
「にゅおー!今日のヒナは身軽なのー
簡単に窓から入れたの!
それにしてもお腹すいたのー……。
早くのりのご飯食べないと!
あ、くんくんも一緒に行きましょなの〜。
床に寝てるくんくんを抱っこして、ヒナは部屋を出ましたなの。

 

 

――

 

 

「わ、私はぁ……いえ、ヒナは……あの……」
大ピンチ。
蒼星石に話しかけられ、つい『なぁに?おばかさぁん』なんて素で返事をしてしまった。
そんな訳で現在弁解中。
「なーんか怪しいですぅ」
翠星石にずいっと詰め寄られる。
「怪しくなんてないわ……な、ないのー」
翠星石と蒼星石がじと目で睨む中、真紅だけがくすくすと笑っている。

――やはりあの子は気づいている。

かと言って、こちらからは手出しできないのが何とも歯がゆかった。
翠星石に詰め寄られオロオロしていると、蒼星石が一度席を外し、何かを手にして戻ってきた。
「雛苺、これ」
差し出されたのは、苺大福。
確かこの子の好物だったはず。
――ここは受け取っておくべきだろう。
手に取ろうとして、はっと気づく。
何か窺うような面持ちの蒼星石。

そうか。

私は試されている。
冷静に考えよう。
この子ならこんなとき、どうやって受け取るのか。
この苺大福を見てどう思うのか。
どう言葉を返すのか。
――私は覚悟を決めた。

 

 

 

「わ、わーいうにゅー!うにゅーが大福もちー!ありがとうにゅー!!」

 

 

 

一瞬時間が止まった気がした。
――私何か変な事を言ったかしら。
少しして、翠星石と蒼星石が顔を見合わせ

「いつも通りだね」
「普段どおりのアホっぷりですぅ」

真紅はお腹を抱えて笑っている。
物凄くバカにされてる気がして腹が立った。
恥ずかしいのを我慢して言ったのに……!
絶対ジャンクにしてやるんだから。
覚えてなさい……。
赤い顔を隠すように二人に背を向けたとき、勢いよくリビングのドアが開いた。

 

「のりー!お腹すいたのーっ!!」
「……え」

 

私が入ってきた。
思いっきり対面する形になる。
失念していた。
私が雛苺の体に入っているのなら、その逆も当然ありえたのだ。
つまり私の体には今、恐らく雛苺が……

――冗談じゃない。

雛苺なんかに私の体を任せておいたら、何をされるかわかったもんじゃない。
むしろ、既に手遅れなのかもしれないが。
とにかく何とかしないと。
けれど先に行動を起こしたのは、向こうの方だった。

「ひ……ヒナが増えたのーっ

ぎゅっと飛びつかれた。
振り払おうとしても、この体では力が出ない
「ちょっと!離れなさ……」

 

カチッ

 

カチッ……?
この音は何だろう。
すぐ近くから聞こえた気がする。
音の発信源を探しつつ、何故か私の意識は薄れていった。

 

――

 

私は床に倒れていたらしい。
起き上がると、何だか違和感が。
視点が急に高くなった気がする。
これは違和感というより、むしろしっくりくる。

「……あ」

気づけば、服もピンク色ではなく黒地。
髪もサラサラの銀髪。
背中には翼。
間違いない。

 

――これは『私』だ。

 

私は元に戻った。
けれど、どうして……?
ふと床に落ちている人形が目に付き、拾い上げてみる。
何の変哲もないくんくんの人形。
だが、いろいろ弄っている内に、はらりと何か紙切れが落ちた。
「……これは?」

 

 

 

 

くんくん堂、自慢の一品!

『くんくん入れ替えっこドール☆』

−使用方法−

1.本品の電源を入れる。
2.手で持ったまま、入れ替わりたい人にあてる。
3.精神の入れ替わり完了。
4.元に戻りたい場合は、もう一度同じ手順を繰り返してください。

毎度くんくん堂製品をご愛用有難うございます。
本品は用途次第ではとても危険な品となるので、よく説明書をご覧になってから使用してください。

くんくん堂店主 白崎

 

 

 

 

 

そうだ。
全て思い出した。
昨日私はこの家に来た。
そして真紅にアリスゲームを申し入れた。
すると真紅は私を無視し、あろう事かくんくん人形を窓から投げ捨てたのだ。
くんくんになんてヒドイ事を……!
私は即座に窓から飛び出し、地面に落ちる前にくんくん人形をキャッチ……。

 

する影がもう一つあった。

 

それが雛苺だ。
その結果、私と雛苺は同時にこの人形に触れることになり……。
見事に入れ替わってしまったと。

――だとすると。

こんな商品を注文して、ああなる事を全て予想していて。
私がうろたえる様を見て笑っていた真紅が……。
全てあの子が元凶か。
これで全てつじつまが合う。

 

「待ちなさぁい」

 

こっそりとドアから逃げ出そうとしていた真紅を捕まえる。
「……ど、どうしたのかしら水銀燈?」
「うふふ……自分の胸に訊いてみたらぁ?」
ビクッと怯える真紅。
あらあら、怯えた顔も不細工ねぇ……。
「お、横暴だわ!私は何もしてないのだ……」

 

 

 

  天        誅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、水銀燈……そろそろ戻して欲しいのだわ……」
「やぁよ。フフ、その姿のが似合ってていいんじゃなぁい?」
このくんくん人形は、例えそれが物であっても入れ替え可能らしい。
今真紅が入れ替わっている物。
それは……。

 

 

精霊こんぶだし漬物石。

 

 

「ひ、ヒドイのだわ……」

しくしくとすすり泣く真紅。
私で遊んだ罰よ。
私もしばらく貴女で遊んであげるぅ……。

フフフ……。

 

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