「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
とあるマンションの一室から、電線にとまってハミングしていた小鳥も一斉に飛び立つ程の悲鳴が響き渡った。
その悲鳴を辿っていくと、手鏡を覗き込んだ体勢のままワナワナと震える彼女に行き着く。
彼女にしてみれば、思い切り油断していたところにカウンターパンチを喰らった気分。
ただ、おかげでこの不可解な現象の全貌が見えてきた。
気がついたら見知らぬ部屋にいたこと。
突然現れた謎の女に身包み剥がされて弄ばれたこと。
朝食が玉子焼きオンリーだったこと。
全てが、この鏡に映ったデコ面で説明がつく。
「くぅぅ……真紅のヤツ最近静かだなと思ってたら、まっっっっさかこんな事を企んでやがったなんて!」
真紅が使った謎の道具により、水銀燈と雛苺が入れ替わってしまうという惨劇というか喜劇はまだ記憶に新しい。
しかし翠星石は、よもやその魔手が自分にも降りかかるとは夢にも思っていなかった。
「よりによって翠星石に!何の関係もない翠星石にまでこんな悪戯をするなんて、外道中の外道野郎ですぅ!!」
がっしり鷲づかみにした手鏡が、ビシビシと音を立てて瓦解してゆく。
何としても真紅に一泡拭かせてやるまいと、固く決意した翠星石であった。
そうと決まれば即行動、こんな所にはさっさとオサラバしようと部屋のドアに手を書ける翠星石。
「……」
だが、部屋のドアノブに手を伸ばした状態のまま固まってしまう。
今、翠星石の胸中には一つの不安がこみ上げていた。
真紅を懲らしめるということは、ジュンの家まで外を歩かなければいけないということ。
そして、外を歩かなければいけないということは……。

――にっくき猫と遭遇する可能性があるということだ。

猫には全くといっていい程良い思い出がない。
予備知識として散々真紅に脅かされた挙句、過去に一度ジュンへの手紙をポストに投函しに行く際にご対面し、酷い目にあったことがある。
今回も同じ轍を踏む事だけは、何としても避けなければならない。
かといって、外出しなければ家には帰れない。
nのフィールドに入る事も考えたが、慣れないこの体ではいささか心もとない。
しばらく思案を巡らせていた翠星石だが、やがて一つの妙案を思いついた。
「おいテメェ!聞いてやがるですか!?さっさと出て来いです人工精霊!!」
手をバタバタと振り回しながら甲高く叫ぶと、ドレスの影から黄色く光る人工精霊――ピチカートが姿を現した。
しかし主の下に一直線に向かってくるようなことはせず、ドレスと翠星石の間を行ったり来たりするその姿は、心なしかオロオロと戸惑っているようにも見える。

「何トロトロしてるです!さっさと来やがれコンチクショーメですぅ!」
翠星石が喝を入れると、気圧されたピチカートがフラフラとやって来る。
「全くもう、最初からそうしてればいいんです。で、お前にはこの状況を打破するアイテムを探してきてもらうです」
「(言ってることがわかんないんだけど?っていうか、今日金糸雀変じゃない??)」
「うるせえぇぇええええぇえですぅうぅぅぅぅぅ!!!テメェは黙って言うことだけ聞いてればいいんですっ!ほら、さっさと行く!!」
翠星石に叱咤されたピチカートは、ヨロヨロと見るからに弱った飛行で部屋を飛び回り、アイテム≠探し始めた。
最もピチカートには現在の状況――翠星石と金糸雀が入れ替わったことについて何ら説明をしていないので、何に使う<Aイテムかすらわかっていないのだが。

 

――☆

 

「こーんな悪党、カナなら楽してズルして――」
「シッ!いいところなんだから黙ってなさい金糸雀!」
「あぁぅ……」
一方桜田家のリビングでは、特に変わった混乱もなくドールズのくんくん探偵鑑賞会が開かれる等、普段通りの日常風景が流れていた。
金糸雀は自身の変化に気づいているのだが、意外に環境順応能力が高いらしく、この体の生活をそれなりにエンジョイしているようだ。
ドールズ達も真紅主犯の前例があるため、翠星石と金糸雀が入れ替わったことに気づいても、然程驚きはしなかった。
もちろん入れ替わりが発覚した際は真紅が疑われ、金糸雀に非難されこそしたのだが、真紅本人が今回の件は無関係と言い張ったため、手がかりが全くない状態なのである。
「ねぇ金糸雀、何か変わったことしなかった?」
くんくん探偵の山場に一区切りついたところで、蒼星石がひっそりと金糸雀に話しかけた。
「変わったこと?」
「謎の通販グッズを試したとか、妙な呪術を試したとか……」
「し、失礼な!カナはそーんなアホな事は断じてしない主義かしら〜っ!!」
「煩いわよ金糸雀!くんくんの声が聞こえな――あぁっ!ひ、卑怯なのだわペロリーナ男爵ッ!」
くんくん探偵の鑑賞会が終わるまでは、対策案の進展は望めそうになかった。

 

――☆

 

数分後、ピチカートがフラフラと持ってきた一冊の本。
何か有意義な情報が得られる物かと思い、嬉々として表紙を見た翠星石は凍りついた。

 

古今東西呪術百選 〜永久保存版〜

 

「こんなもんどっから持って来たですか……」
ジト目でピチカートを見つめる翠星石。
ピチカートはその姿に恐れを生したのか、早々とその場から飛び去りドレスの山の中に隠れてしまった。
「ったく、使えねぇ人工精霊ですぅ」
軽く悪態をつきつつ、呪術百選のページを捲り内容を流し読みする。
もし一般人が読んだならそれは、どれもこれも軽く笑い飛ばしてナンボのアホらしい物ばかりだった。
だがこの時の翠星石は、真紅への怒りが晴らせるなら方法は問わない、要するに見境がつかない暴走モードだったのが不幸の始まりだった。
パラパラとページを捲る手が止まり、翠星石の視線がとあるページに釘付けになる。

 

ポイズンミッキークレセントダイナマイツ
裏声で某有名キャラクターミッキーマ○スの声まねをすることにより掛かる呪法。
まず呪いを掛けたい人物の名をミッキー風の裏声で叫ぶ。
次にその場で三回まわって「ダイナマイツミッキー!ミッキーダイナマイツ!ふもおおおん!!」と叫べば儀式完了。
呪いを掛けた相手がミッキー声になります。

 

「こりゃ楽ちんでいいですぅ!」
目を輝かせて、そのページを食い入るように見つめる翠星石。
楽といえば楽なのだが、効果も微々たる物なことに翠星石は気づいていない。
「じゃ、試しに軽くやってみるです」
コホンと軽く咳払いをして立ち上がる翠星石。
そして、部屋中に響き渡るほどの大声でその名を叫んだ。

「しーんく!(ミッキー風裏声)」

続けてその場でクルリと三回転。
二回転目で少し足が縺れてしまったが、そのまま強行し、先程の叫びに負けるとも劣らない大声で呪文を唱えた。

「ダイナマイツミッキー!ミッキーダイナマイツ!ふもおおおん!!」

両手を天に掲げる形でポーズを決める翠星石。
しかし急に恥ずかしくなって、こそこそと床に座り込んだ。
そんな翠星石を影からせせら笑う様に見つめる発光体が一つ。
「な、何見てるです人工精霊の分際で!!」
顔を真っ赤にして、床に落ちていた目覚まし時計をピチカートに投げつける翠星石。
ピチカートはそれをひらりと回避し、からかう様に翠星石の周りを飛び交うのであった。

 

――☆

 

「きゃあぁぁぁくんくん激マブイのだわ!ハートがきゅんきゅん鼓動リングなのだわぁぁっ☆☆」
瞳にハートマークを浮かべ、噛り付くように画面の中のくんくんを見つめる真紅。
対して他のドールズは、皆複雑な面持ちで真紅を凝視している。
「……ねぇ金糸雀」
「か、カナも変だとは思ってるかしら。でも風邪気味なのかも知れないかしら」
「真紅の声、なんだかミッキーみたいなの〜……」
翠星石の呪いの効果とは露知らず、真紅の微かな異変に首をかしげるドールズ達であった。

 

――☆

 

早くもこの本の実用性に疑問を持ち始めた翠星石だが、他に頼れるものがないのもまた事実。
そんな訳で彼女は、続けて第二の呪いを始動させようとしていた。

 

ブラストサイケデリックイヤーぴょんぴょん
対象者の頭にうさ耳を生やす呪法。
また、副作用として人参が食べたくなります。
掛ける方法はとても簡単。
うさぎ跳びをしながら「ぴょんこぴょんこうさぴょーん!(対象者の名前)にー、どしたもんだろ」と唱えるだけ。

 

「むむぅ、まーたこんな恥ずかしい方法……でも背に腹はかえられねぇです!」

囃し立てるピチカートをギロリと睨み付けて黙らせると、しゃがみこんでうさぎ跳びの体勢をとる翠星石。
試しにピョンピョンと二、三回飛び跳ねてみる。
幸い金糸雀の普段着はズボンなので、運動には適していた。
そのままの勢いで呪文を唱えてみる。

「ぴょ、ぴょんこぴょんこうさぴょーん!しぃぃぃんく!にー、どしたもんだろぉぉぉですぅぅぅぅぅ!!」

 

――☆

 

「ひにゃーんこのくんくんの表情!とっっっっってもラブリーセンチュリーどっきゅんピーチなのだわっ☆☆……もぐもぐ」

「金糸雀、あれってさ……」
「い、言わずもがなかしら!あれは明らかに異常かしら〜っ!」
「うにゅー……真紅の頭に変なのが生えてるの〜」
頭にうさぎの耳を生やし、カリカリと人参を齧りながら真剣にくんくん探偵のビデオを見る真紅。
その姿は明らかに異常、というか異様であった。

 

――☆

 

その後も翠星石は呪術百選――その怪しげな呪文をいくつか真紅宛に実行し、その度にピチカートに嘲笑われて赤面を繰り返した。
それでも尚恨みを晴らさんと呪いに明け暮れる姿は、涙ぐましいというか馬鹿というか。
ここまで翠星石を動かしているのは、もはや元の姿に戻りたいというより真紅を懲らしめたい≠ニいう想いだった。
そうして本来の目的を忘れかけたころ、翠星石の目がとあるページで留まる。

 

精神いれかえっこグリーンティーマイルドもっきゅんきゅん
対象者と精神を入れ替えてしまう禁断の呪術です。
A4のコピー用紙に入れ替えたい2名の名前を書き、呪文を唱えればたちまち二名の精神が入れ替わります。

呪文→「だっきゅんハートがぷにぷにマイエコロジーるんるんバザーで熱海一日デート!!」

 

「さ、最初からこれをしていれば……!」
あんな恥ずかしい目に合うことも無かったのに、と心から悔やむ翠星石。
今更悔やんでも仕方の無いことだが、まぁ良い体験になった≠ニ思い込む事で自らを納得させることにした。
「っしゃー!とっとと元の姿に戻っちゃるですぅ!」
決意を新たに行動を開始する翠星石。
まずピチカートを使いA4のコピー用紙とペンを用意させた。
そして、コピー用紙にぶきっちょながらもすいせいせき&かなりや≠ニ書き綴り、呪文を唱えた。

 

「行くですぅぅぅぅ!だっきゅんハートがぷにぷにマイエコロジーるんるんバザーであたみ一日デートォォォ!!ですぅぅぅっっっ!!」

 

呪文を唱えた直後、翠星石の視界が暗転。
意識も共にその暗闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!」
リビングのソファーの上で意識を取り戻した翠星石は、自分の格好を見てようやく元の姿に戻ったことを理解した。
苦労した甲斐もあって喜びは一入、ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜びを表す翠星石。
「やったぁ!やったですーぅ!」
「ずいぶんご機嫌ね、翠星石」
「そりゃそうですぅ!なんたって翠星石は元に戻っ……へぶしっ!!」
ソファーを飛び跳ねながら歓喜の雄叫びを上げる翠星石の目に、世にも恐ろしい姿の物体が飛び込んできた。
その姿は全体的にとても赤く。
髪は金髪縦ロール、頭にはうさぎの耳、顔はおしろいを塗した様に真っ白で、上がブラウスに下がブルマ、オマケに声はミッキーという、何とも謎な生物がそこにいた。
(や、やりすぎたですかね……)
目の前の変わり果てた妹の姿に、少し罪悪感を覚える翠星石。
しかし翠星石にとって幸運だったのは、それらが翠星石の仕業だと真紅に知られていないことであった。
結局翠星石はその日の夜遅くまで真紅の愚痴を聞く羽目になり、呪いが自然に解けたのはそれから三日後の事であった。

 

 

その頃の金糸雀

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